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遠州掛塚(砂町)で明治から昭和40年頃まで、刳り物や挽き物などの木工製品を製作していた「くりものや」 2017年秋、二人の三代目により、くりものやが復活しました。

くりものやとバット

ずいぶん久しぶりの「くりものやの歴史」です。

終戦後、間もない頃のお話。
復員してきた郁郎おじちゃんは、先輩から野球を教わって、野球チームを作りました。

(後列:左から二番目が郁郎おじちゃん、右から三番目が英男おじちゃん ともに故人
 前列:右から二番目が親父 正男)

これは、それからずいぶん後の写真じゃないかと思います。

なにしろ、初めの頃は道具も何もなくて、グローブは厚い布を縫ってボロ切れを詰めたもの。
バットはどうしたかって?
広報紙「みんなと倶楽部」第2号に掲載された、郁郎おじちゃんのインタビュー記事によれば、
「バットは親父の知恵を借りながら『くりものや』の旋盤で回転数を調整し試行錯誤して作った」んだそうです。
日本野球連盟非公認です(笑)
写真にも、それらしきバットが写ってますね。

そして今、三代目たちは、
 
こんなものの試作に取り組んでいます。
これ以上は、ヒ・ミ・ツ です(笑)

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