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遠州掛塚(砂町)で明治から昭和40年頃まで、刳り物や挽き物などの木工製品を製作していた「くりものや」 2017年秋、二人の三代目により、くりものやが復活しました。

永遠のゼロ

くりものやは色々なものを作っていました。
戦時中、忠作じいちゃんが戦闘機の燃料タンクも作ったのだそうです。

そんなこと、この歳になって初めて聞いたよ >父ちゃん


ハイ、これですね。
手作業で木型を仕上げたじいちゃんに敬意を表して、自筆のイラストでご紹介します(笑)

正確にいうと、忠作さんが作ったのは「落下増槽」の木型。
落下増槽とは、航空機の航続距離を伸ばすために、機体の下に吊り下げた追加燃料タンク。
中身が空になったときや、敵機との戦闘が始まった場合は、落下投棄して空気抵抗を減らします。

この落下増槽を最初に採用したのは、航空後進国であった我が日本なのだそうです。
初期の頃は金属製でしたが、零戦五二型からは木製が採用されます。
じいちゃんは依頼を受けて、その木型を製作したそうです。
くりものやは、最先端の航空機産業でもあったわけです<(`^´)>

しかし、
忠作じいちゃんはこの木型を作ったとき、後に自分の息子が燃料タンクを吊り下げて戦場に行くかもしれない運命になることを予想していたでしょうか?


予科練への入隊が決まっていた父は、出征する直前で終戦を迎えました。
その後10年ほど「くりものや」で働くことができ、この私もこの世に生を受けることができたので、今こんなことを書いていられるわけですが…。


これも、くりものやの歴史の1ページです。

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