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遠州掛塚(砂町)で明治から昭和40年頃まで、刳り物や挽き物などの木工製品を製作していた「くりものや」 2017年秋、二人の三代目により、くりものやが復活しました。

筏問屋 田代家 見学

みんなと倶楽部・掛塚3月の例会は、天竜川の上流、浜松市天竜区二俣鹿島にある旧 筏問屋の田代家を見学しました。

徳川家康の遠州攻略に協力した見返りに、天竜川の筏川下げの特権を与えられ、番所の役割もあった田代家は立派な冠木門の向こうにありました。


信州や北遠州の木材を筏に組んで天竜川に流していた頃、筏の中継地点として財を成したわけですね。
筏の終点は、私たちの掛塚なわけで、掛塚の歴史を考える上では切っても切れない縁があるんですね。

安政6(1859)年に建てられた木造二階建ての建物には、掛塚の津倉家に負けず劣らず、贅を尽くした良質な木材がふんだんに使われています。
これは一尺二寸の欅を使った大黒柱。


客間の床の間もすごいです。
床柱には四方柾の木曽檜が使われ、床板は欅の一枚板!
いや〜目の保養になります(笑)


案内してくださった、
鹿島田代家交流振興会の曽我さんは、「木材は天竜川を下って掛塚へ、反対にお祭りはお囃子も屋台も掛塚から二俣へ伝わりました。天竜川の上流と下流で交流を深めましょう。いつか、諏訪湖から掛塚までの天竜川のネットワークを作りたい」と話してくださいました。
二俣から天竜川を筏で掛塚まで下って、それをテレビに取材してもらおうとか、色々とアイディアをお持ちの方でもありました。

長野のテレビ局と静岡のテレビ局が共同で、天竜川の水運と文化についての番組を作ってくれないかな〜?
※このくだり、長野の某放送局にお勤めの友人に向けて書いております(笑)

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