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遠州掛塚(砂町)で明治から昭和40年頃まで、刳り物や挽き物などの木工製品を製作していた「くりものや」 2017年秋、二人の三代目により、くりものやが復活しました。

北川木工所の思い出

どこかで聞いたようなタイトルですが(^_^;


先週、大分の協力会社の社長さんから久しぶりに電話がかかってきまして…
仕事の状況とか、当たり障りのない会話をしてるんだけど、なんとなくそわそわしてる。
何だろう?と思っていると、
「それで、あの、コマのことやけど」
そういうことか!
年始の挨拶のメールに、ひょっとしてご存知かなぁ?と大分市の北川木工所のコマのことを書いて送ったのです。
「小学生の頃、何度も通って作ってもらいましたよ。5キロくらいの道のりを自転車で」から始まって、いろんな形のコマをオーダーしてその場で作ってもらったとか、エンナ(ひも)はこうで、5円玉を通して、投げ方は…
などなど、もう全然止まりません(笑)

「50年以上前のことやけど、昔は他に遊ぶもんがなかったでしょう?コマはよく遊んだわ〜。今でも売ってたら欲しいですもんね。作ってくれたら買いますから!」

電話の向こうは、完全に少年でした(笑)
改めて、北川木工所さんが当時の大分の男の子たちにとっての聖地だったことを思い知りました。

そういえば、去年の年末に親父が工房に連れてきたお年寄りも言ってました。
子供の頃の遊びで一番覚えてるのはコマだって。

その方は、くりものやのあった掛塚の隣村(当時)の方なんですが、「コマ屋によく買いに行ったやぁ」と。隣村だと「くりものや」という屋号は知らなくて「コマ屋」だと思ってた人が多いようなんです。
「コマ買いに行くときにゃあ橋ぃ渡るのが大変だっけやー」
当時、天竜川は河口付近で二つに分かれていて、くりものやのある掛塚は中洲にあったんですね。
東側にあった隣村から掛塚に来るには橋を渡らなくちゃいけない。ところが、橋のところで地元の悪ガキたちに石をぶつけられたり、捕まったりしたそうなんです(笑)
やっぱ、縄張りがあるからね。
そんな思いをしても、毎年コマを買いに行ったと。

たかがコマ、されどコマ。
おじさん(おじいさんかw)たちが童心に帰れるアイテム。
心して作らにゃいかんね。
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